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第72回読書会 平成29年1月12日 フランツ・カフカ『変身』新潮文庫

ドイツの詩人フランツ・カフカの『変身』を取り上げた。寒波襲来で極寒のさなか、11名の同人が集った。

■人間が或る日突然、大きな虫に変身する。なぜ虫になったのか、その理由も経緯もいっさい説明されない。3人の家族は、変身したグレーゴルを見て、最初は驚愕するのだが、次第に、この馬ぐそ虫めは!(お手伝さんの言葉)、と彼を厄介者あつかいにする。一家を支える大黒柱から「馬ぐそ虫」に転落した彼が、のたうち苦悩するさまは、可笑しさとともにペーソスを誘う。ただ、エンディングには救いが待っている。読んでいて漱石の「吾輩は猫である」を思い浮かべた。猫の視点から家の主やその奥さん、子供を観察する手法である。概して、翻訳文学は原文に引きずられ、ぎごちない日本語に陥り勝ちで、特にドイツ語、ロシア語などはそうだ。
■初めて読む作品。短編で、ほっとした。セールスマンとして懸命に働き、家を建てて、両親と妹を養い、4人で暮らすグレーゴルは、ある日突然、大きな虫に変身する。自分の身に何が起こったのか、全く分からない。本人の無念と絶望、家族の困惑の中で、一家は破たんを迎える。やがて、父親の投げたリンゴの傷がもとで、グレーゴルは死ぬ。これを機に、一度は崩壊した家族が、明日への希望を見出し、再生するところで終わる。ここに救いがある。
■最初は、グレーゴルの視点で物語が進み、後半は妹のそれに移って、虫に変身した兄への困惑する様子が語られる。グレーゴルは、父親にリンゴをぶつけられて、その傷がもとで死ぬのだが、その件が悲しく、胸が痛んだ。
■或る日、自分がこんな虫に変身してしまったら一体どうしようと、最後まで絶望感、戦慄に苛まれて読んだ。ただし、エンディングで家族全員が気をとり直し、明日への希望を見出して歩み出す件に、微かな救いがある。
■虫に変身したグレーゴルは、何かのメタフォーだと思うが、読者の環境によっていろいろ違って考えられる。虫は、突然大腸がんに襲われた父親であり、ノルマに追われるセールスマンであり、登校拒否の小学生である。以前の課題本「異邦人」は強烈なインパクトを受けたが、この作品はよくわからない。
■最初、SFと思って読んだが、違った。或る日、一家を支えるセールスマンが突然、一匹の大きな虫に変身する。それはいったいどんな虫、グレーゴルの棲む家の間取りはどんな間取り、などが分かりにくく、虫が天井に張り付いたり、フロアーを這い回ったりし、ドアの隙間から外を伺う場面などは、行動パターンがイメージしにくい。グレーゴルは、痴呆症に陥った厄介者、の地位に追いやられ、それが悲しい。
■サスペンス小説かと思って読んだが、そうではない。虫、とはいったいどんな虫なのか、形状や、どれ位の大きさの、どんな動きをする虫なのか、さっぱりイメージが湧かない。輪廻転生などの宗教観は持っていないようだ。もう少し掘り下げが欲しい。文学としては未完成の作品だと思う。
■高校時代に初めて読んだときは、強い衝撃を受けたが、今回は、それほどではなかった。作者が、何を意図してこの作品を書いたのか、主題が何なのか、よくわからないまま読み終えた。
■100年前に書かれた難解な小説。まったく理解できなかった。作品のテーマを現代に置き換えて読むと、それは公害による奇形、いじめ、人種差別などを訴えているのだろうか。
■難しい、よくわからない。以前にいちど読んで、大した感銘もうけず、今回読み直しても同じ。帯には「世界最高の文学」とあるが、なんでこれが?と腑に落ちない。ただ、終わりに家族に対する救済が訪れ、よかったと、頷いた。
■若いころ一度読み、感銘を受けたが、今回読み返してみて、それほどの感動はなかった。妹の視点に立って読むと、大きな虫に変身した兄の、家庭での立ち位置がよく理解できる。
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