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第30回 平成22年1月14日 新田二郎『強力伝』

新田二郎『強力伝』、初期の短編、昭和31年直木賞受賞作。
富士山の強力が白馬岳の山頂に50貫の石を運びあげた実話をもとにした小説。妻に触発され小説を書き始めた筆者の、小説に懸ける熱気と山への情熱が感じられる。静岡県小山町の「金太郎ふじみライン」には「新田二郎の文学碑」があるとのこと。
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【新田次郎文学碑について】-案内板より
 山岳・歴史作家新田次郎(本名藤原寛人)は、明治45年(1912)6月6日長野県上諏訪町(現・諏訪市)の角間新田に生まれ、昭和7年無線通信講習所本科(現・電気通信大)を卒業し、中央気象台(現・気象庁)に入り富士山測候所にも勤務されました。
 昭和31年に「強力伝」によって第34回直木賞作家となり、昭和41年3月気象庁を退職し、作家生活に入りました。生涯の全作品は合わせて288編で、代表作「孤高の人」をはじめ「新田次郎全集」全33巻に集成されています。
 中でも富士山を舞台にしたものが多く、代表的なものとして「強力伝」をはじめ「凍傷」「蒼氷」「富士山頂」「芙蓉の人」「富士に死す」「怒る富士」などがあります。
 小山町にかかわる作品は、「強力伝」「怒る富士」「新田義貞」等がありこれらの執筆にあたり町内各地で取材されました。
数々の名作を生みベストセラーとなり、全国の読者に慕われながら昭和55年(1980)3月15日惜しくも急逝され68才の生涯をとじました。
 本会は先生が富士山を通じて文筆活動に入り、私達の町はもとより富士山東麓地域を全国に紹介してくれたことに深甚なる敬意と感謝を表すため、生誕90年と町制施行90周年を記念し、富士山眺望日本一を誇るこの地「誓いの丘」に文学碑を建立しました。
碑文は、富士山を愛し自然をこよなく愛した、先生の作品「白い花が好きだ」の「富士の美」から選定しました。(平成14年6月6日    新田次郎文学碑建設事業委員会)

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