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第41回 平成23年11月11日 梅原猛『隠された十字架~法隆寺論~』

最初手に取にした時、その部厚さと、難しい哲学の解説書のような気がして、読み切れるかと危惧したが、読む内に、ぐんぐん著者の謎解きの世界に引きずり込まれ、えっ、えっと座り直し、克明にメモを取り、附箋を打って、推理の迷路に迷わぬよう、行きつ戻りつを重ね、2週間後、ようやく読み終えた。久しぶりに古代史のおさらいができた。
斑鳩の地を訪れ、法隆寺の7つの謎をこの目で確かめたい、という思いに駆られる。
①法隆寺は「誰が、いつ、何のために建てたか」という疑問に取り組む、
②『日本書紀』は藤原不比等が中心になって纏めた、藤原氏の意志と利益を代弁し、彼らに都合の良いように歴史を改ざんした史書である。司馬遷の『史記』といえども、そこには司馬遷の意識的な意志が働いている。時の権力者が我田引水式に歴史書を編纂するのは当然だろう。
③藤原鎌足の弁証法~仏教を広めた聖徳太子は善であり、その子孫を皆殺しにした蘇我入鹿は悪である。その悪を滅ぼした藤原一族は仏教を守る善である。実は太子の子孫一族を皆殺しにしたのは藤原一族で、蘇我入鹿ひとりにその罪を着せ、『日本書紀』でそれを史実として書いた。藤原一族による陰謀の歴史書が『日本書紀』。
④法隆寺は祟り寺であり、聖徳太子遺族の鎮魂の寺である。そこには、死霊のイメージが随所につきまとう。夢殿(東院)は、怪僧・行信が作った聖徳太子の墓である。救世観音を聖徳太子に見立て、秘仏として隠し通したが、明治17年、アメリカの哲学者フェノロサにより、人目にさらされることになった。
⑤夢殿の救世観音は木仏で中は空洞、光背は仏の頭の真ん中に釘を打ちこんで止められている。仏の頭に釘を打ち込む、怨霊退治の呪詛の思想。
⑥聖徳太子一族の鎮魂、それこそが天智天皇~天武天皇の血統を継ぐ、天皇家と藤原氏の合体によって成りたった奈良政権の、最も重要な宗教的、政治的課題であった。→本文473ページ

この本を片手に、「法隆寺」散策に行きたいですね。高校の修学旅行で一度行ったきりで、そのときは「日本最古の寺」という知識しかありませんでした。
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