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11月28日(日)星ヶ山1030m~櫃ヶ山954m 快適な稜線歩きと温泉からの紅葉

備中真庭の櫃ヶ山、分厚い落ち葉を踏みしめて歩む星山から櫃ヶ山へ続く縦走路。山肌は厳寒の冬に備えて落ち葉のマントを羽織っているのだ。
その、マントに浸み込んだ雪や雨が地下深く潜り伏流水となって私達を潤してくれる。そして、その水は肥沃な平野に実りを願って流れ、人々は毎年豊饒の秋を信じて土と水に向きあって生きている。山の上にも、山の里にも太古の昔から人々の暮らしが延々と営まれ続いている事を。その大自然に育まれた稜線を縦走した。
http://18thnews.com/m2view/3422ae5e39cf10b93eb112e78c


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11月27日(土)三室戸寺~天ヶ瀬ダム~宇治 紅葉ハイク

今日は天気に恵まれた小春日和に素晴らしい紅葉を愛で、雅やかな平安王朝ロマンの余韻に浸りながらの散策、大変有意義な一日でした。紀行文はヤマレコに詳しく書いています。

コース:三室戸寺→仏徳山→興聖寺→天ヶ瀬ダム→平等院→宇治
参加者:会員3名
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すごくキレイでした!青い空に真っ赤なもみじが映える
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今年の紅葉、緑から赤のグラデーションが美しい寒暖の差がこれを生み出したのか?
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もう紅葉まみれ紅葉まみれ
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今日は素晴らしい紅葉落葉もふかふかです
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平等院にも行きました屋根の鳳凰、胸を張っています
「おけいはん」こと、京阪電車に乗り、淀屋橋から中書島で乗り換え三室戸寺に着く。閑静な住宅地の参道を歩き山門を潜る。観音経で観世音菩薩が三十三の化身をして人々を救済するという、西国三十三番観音霊場、第十番札所、明星山「三室戸寺」は千手観世音菩薩を祀り、本堂、阿弥陀堂、鐘楼、三重塔などの伽藍に、5月はツツジ、シャクナゲ、6月アジサイ、ハス、11月紅葉など花の寺として名高い。
紅葉は落葉し始まるが、赤、黄、緑と枯山水の白砂とが相まって、特に黄から赤に掛けての移ろいが美しい。山門を出て、源氏物語のロマンを尋ね宇治に向かう。この道は「源氏物語」最後を飾る宇治十帖の舞台としても名高い所である。
三室戸寺に「浮舟」道筋には「蜻蛉」の石碑が立ち、平安王朝の雅やかなロマンと紅葉を愛でながら心豊かに散策する。宇治上神社は日本最古の神社建築、拝殿、本殿からなる国宝であり、宇治の地名伝説に登場する菟道稚郎子を祀る。父応神天皇、兄仁徳天皇に皇位を譲るため宇治川に入水自殺したと伝えられ、宇治神社は下社である。紅葉の中、着飾った七五三詣の子供達が愛らしく微笑ましい。
宇治川に架かる朱塗りの朝霧橋、中洲、橘橋を渡り平等院に向かう。池に浮かぶ浮御堂のような平等院鳳凰堂は父藤原道長より別荘を譲り受けた頼道が寺に改め、本尊の阿弥陀如来像を安置し極楽浄土を願う。
「鳳翔館」では今にも飛び立ちそうな緑青色した国宝「鳳凰」一対、「雲中供養菩薩」が舞い奏でる姿が大変美しい。池の対岸から阿弥陀如来のお顔を拝する。
宇治川に戻り川を遡る。西日に照らされた対岸の山肌の紅葉が素晴らしく、川に数人の釣り人、川面には鮎らしき魚の鱗が反射して銀色にきらきら輝く、紅葉を愛でながらヘアピンカーブを登り詰めるとアーチ式天ケ瀬ダムである。
琵琶湖の水位により一年に50回程しかしない放流と湖面は青空と紅葉に白い綿雲が映り美しい光景である。元の道に戻り、天ヶ瀬吊橋を渡り右岸に出る。
西日に映える赤、黄、緑のもみじ葉のグラデーションが降り注ぐトンネルを飽きることなく散策を続ける。興聖寺へは岩を切り開いたような参道、薄暗い琴坂を登ると竜宮造りの山門に、曹洞宗特有の男性的、簡素な遺構の禅修行道場、振り返って山門を見ると陽光差し込む紅葉が神々しい興聖寺である。もう一度朱塗りの欄干に擬宝珠の宇治川橋を渡り、宇治茶の香る平等院参道をそぞろ歩き、温かいコーヒーにケーキで喫茶タイムとする。
今日は天気に恵まれた小春日和に素晴らしい紅葉を愛で、雅やかな平安王朝ロマンの余韻に浸りながらの散策、大変有意義な一日に感謝し、宇治橋の袂でそれぞれ思い思いに解散する。(IG)

第35回 平成22年11月1日 新田次郎『孤高の人』

新田次郎の本はかなり読んだつもりだったが、この『孤高の人』は未読だった。今まで山のことについては興味がなかったが、会に入会して登山のことが少し解ってきた。今回この本を読みながら山の名前、位置、ルートを地図で見ながら、話に引き込まれていった。加藤文太郎は実在の人であるだけに実にリアルであった。それまでの登山は特権階級の人だけのものだったのが、社会人一般の登山として広めたのは大きな功績であった。
六甲縦走での須磨~宝塚と宝塚~和田岬を6:00~23:30で走破したのには大変な驚異だ。しかしながら、31歳で遭難して死んだのは残念、ヒマラヤまで行ってもらいたかった。遭難する過程は良く解るが、やはり山で死んではいけない。遭難死を美談にすることは誉められない。人生を全うして欲しかった。残されたひとには悲劇がある。

■「非常に興味深く読んだ。馴染みのある神戸近郊の山々が随所に出てきて嬉しかった。登山家としてだけでなく、社会人として、また家庭人として素晴らしい人間性を持った人だった。遭難の場面は胸が痛んだ。彼の原点、高取山に登りたい」
■「新田次郎は色々読んだが、この作品は初めて。それまで特権階級のものだった登山を、社会人一般のスポーツとして広めた彼の功績は大きい」
■「新田次郎お得意の人物伝。彼がどう考えどう行動したか、忠実に描写」
■「初めて読んだ。その足の速さは並はずれている。花子でなく、園子と一緒になっていればヒマラヤまで行けたろうし、行って貰いたかった」
■「社会人として本格的登山活動を始めた、実質、最初の人である。それまで登山は金持ちや大学の山岳部の独擅場だった。後半、彼の死の前兆がこれでもか、これでもかと迫ってきて、読みながら往生した」
■「加藤文太郎について詳しく調べた。作者は富士山で、実際に文太郎と会っている。貴族のスポーツだった登山界で、地下足袋で山に登る異色な存在だった」
■「父が文太郎と同年。高取山に文太郎の道がある。一度登ってみたらよい」
■「20年前、扇の山に登ったとき、加藤文太郎を知らんのか、と馬鹿にされ初めて「孤高の人」を読んだ。彼がリーダーシップを発揮していたら、槍ヶ岳・北鎌尾根の遭難はなかったろう『すずの子10月号22ページ・北鎌尾根から槍ヶ岳へ』参照」
橘 傳「特権階級のスポーツだった登山を大衆の物とした加藤文太郎。大正から昭和初期にかけての時代背景が良く描かれている」
■「高取山に登ったのも、六甲全縦に挑んだのも、この本を読み、加藤文太郎を知ってからだ。こんな男がいたのかと、ただ驚くのみ」

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合わせて読んだ本、加藤文太郎『単独行』
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